2008年08月28日
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面白ショートショート『早起きは山門の遠く』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 F山の山頂には、巨大な寺院があった。寺院と言っても、実質は小さな都市国家そのものであった。寺院が戒律で禁じるもの以外、たいていのものは寺院内部にあったし、寺院内部は外部とは別のルールで社会が運営されていた。犯罪は警察僧隊が取り締まったし、自治を脅かす相手には僧兵部隊が出動した。僧兵部隊は飛行場を所有し、超音速ジェット機まで運用していた。

 その結果として、中に住む者達の大多数は、山門をくぐって寺院の外に出ることなく死んでいく。それが当たり前という世界を構成していた。

 さて、少年僧のネボウはその名の通り、朝寝坊だった。夜はなかなか寝付けず、朝もなかなか起きられない。朝が早い寺院生活でこれは致命的な欠点だった。そのため、先輩僧からネボウはいつもいじめられた。寺院の外の世界のことは何も知らないネボウは、寺院で上手くやっていけない自分は死ぬしかないのかとまで思い詰めた。

 ところが、ネボウと同じ弱点を持つ先輩僧が興奮しながらネボウに話しかけた。

 「オレさ、世界宗教会議に出席する高僧の方々のお世話係として超音速ジェットに乗ってB国に行ったんだよ。そうしたら驚けよ。日が落ちる前に眠気が耐え難くなって寝てしまったんだよ。しかも、夜が明けるずっと前にすっきり目覚めたんだ。何でも、ジサとかいう魔法の力らしいぞ。おまえもB国に連れて行ってもらえよ」

 素晴らしいジサの魔法!

 ネボウはその情報に興奮した。

 しかし、世界宗教会議は年に1回。ついさっき先輩が帰ってきたばかりということは、次回は1年先ということだ。しかも、お世話係は上級僧が指名するので、望んだからと言ってなれるものではない。

 だが、どうしてもネボウはジサの魔法の力が欲しかった。

 ネボウは山門を見に行った。

 この山門の外、はるか遠くにB国がある。

 だが、山門の外に出たことがないネボウには、この門を出ることすら気後れして実行できない難題であった。

 だが数日後、朝寝坊を理由に先輩僧達から集団リンチを受けると、ネボウは心を決めた。

 その夜、身の回りの荷物だけをまとめると、置き手紙も残さずに山門をくぐった。

 ネボウはお金がないので、飛行機や交通機関はほどんと使えなかった。行く先々で雑用の仕事をこなしつつ、徒歩でとぼとぼとB国に向かった。

 長い長いネボウの旅路はそれだけで波瀾万丈、人情豊かな物語であった。

 だが、ネボウの目的はあくまでB国に行くことであった。

 そして、1年越しで、やっとネボウはB国にたどり着いた。

 ネボウは歓喜した。

 そして、眠くなるのを待った。

 だが、夕日が大地を赤く染めても空に星がまたたいても、ネボウが眠くなることはなかった。

 ネボウは狼狽した。

 ジサの魔法の力で眠くなるはずではなかったのか。

 ネボウは明け方近く、路地に座り込んでやっと眠り込んだ。

 そのネボウを起こす者があった。

 今年も世界宗教会議の世話係としてB国に来ていた先輩僧だった。

 先輩僧は、眠気とは無縁の晴れ晴れした顔で言った。

 「ネボウじゃないか! 急にいなくなるから心配したけど、やっぱりB国に来たのか! 何、ジサの魔法が効かないって? 夜もなかなか眠くならないって? ああそのことは高僧に聞いたぞ。おまえ、1年掛けてゆっくりB国まで来ただろう。それじゃダメだ。ジサの魔法は超音速ジェットであっという間にB国に行ったときしか有効じゃないそうだ。残念だったな。はっはっは」

 ネボウは絶望した。そして、そのまま高僧達と一緒に超音速ジェットで寺院に戻ることになった。

 そしてネボウは驚愕した。

 なんとネボウは明るい内から眠くなり、夜が明ける前にすっきり目覚める体質になっていたのであった。

 早起き体質と、外の世界での見聞で得た知識により、ネボウは寺院の若手中堅僧へと出世していった。

(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)

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